大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 昭和48年(わ)119号 判決 1978年9月21日

主文

被告人を罰金七〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、公職選挙法二五二条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四〇年四月から大阪府高石市立高南中学校に教諭として勤務し、昭和四四年四月から同校三年一組を担任し、かつ、三年全組の理科授業を担当しているものであるが、同年一二月二七日施行の衆議院議員総選挙に際し、大阪府第五区から立候補した日本共産党所属の議員候補者戸松喜蔵に投票を得させる目的をもつて、右候補者の立候補届出後である同年同月七日から同月二六日ころまでの間、別表記載のとおり、自己が担任又は理科授業を担当する同校生徒の父母で同選挙区の選挙人である原田末子ほか四名方(別表番号1ないし3、5、6)及び同選挙区の選挙人である松岡すずゑ方を戸々に訪問して右候補者のため投票を依頼し、そのうち原田末子、小川弘子及び松岡すずゑの三名(別表番号1、3、4)に対しては同選挙区よりの日本共産党所属立候補予定者として前同候補者の氏名、写真、略歴を揚げ、かつ、同人の政治活動の事績を称賛し、今後における政治家としての活動に期待するところが大であり、その活動を後援する旨等を記載した選挙運動のための文書各一部をそれぞれ手渡して頒布し(押収してある「戸松喜蔵後援会ご案内」の書一通昭和五一年押第一七号の一は、別表番号4記載の者に頒布された。)、もつて戸別訪問及び教育者の地位を利用しての選挙運動をするとともに法定外文書の頒布をなしたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  戸別訪問禁止規定が憲法二一条に違反するとの主張について、

議会制民主政治の下においては、公職の選挙の選挙運動は、それが国民の参政権の行使と表裏一体をなすものであることに鑑みると、選挙運動としての表現の自由は強く保障されなければならないことはいうまでもないが、その反面、選挙運動はそれぞれの候補者の当選を目標とする競争のうちに行なわれるものであるから、その競争が公正に行なわれること、換言すれば選挙が公正に行なわれることが議会制民主政治の健全性を保持していく上に、きわめて肝要であることはいうまでもない。したがつて、選挙運動としての表現の自由も、これを絶対無制限のものとするときは、必然的に不当、無用な競争を招き、これが規制困難による不正行為の発生等により選挙の公正を害するに至るおそれがあるのみならず、徒らに経費や労力がかさみ、経済力や選挙運動員の動員力の差による不公平が生ずる結果となり、ひいては選挙の腐敗をも招来するおそれがあるから、このような弊害を防止して選挙の公正を確保するためには、その表現の時、場所、方法等について公共の福祉の見地から必要かつ合理的制限がおのずから存在することは憲法の容認するところと考えられる。

ところで、公職選挙法一三八条一項の戸別訪問禁止規定は、選挙運動としての表現の自由を一定の範囲内で規制するものである以上、右制限が公共の福祉による必要かつ合理的制限であるといいうるかどうかについて検討することとする。本来、選挙運動としての戸別訪問(以下単に「戸別訪問」という。)は、その行為の性質自体からみれば、買収、利害誘導等の不正行為とは性質上の因果関係を有するものではなく、候補者あるいは選挙運動員において個々の選挙人宅を訪問して選挙人との直接の対話により候補者選択にあたつての生の判断材料を提供し、選挙人においてこれらを綿密に検討し、批判する等、互いの情報交換をなす機会を与えるものであり、一方的な伝達に終り勝ちな他の選挙運動にはみられない面を有すると同時に、候補者や選挙運動員にとつても、最も効果的な選挙運動の手段であるといえるかもしれない。しかしながら、これを自由に放任するならば、わが国の国民性からみて、一般公衆の目の届かないところで直接に特定の候補者への投票を依頼されたときには、義理人情といつた不合理ないし情緒的な要素が、候補者選択の際に介入することとなり、選挙人の冷静かつ合理的な判断を妨げるおそれが多分にあり、戸別訪問の際に買収、利害誘導、威迫等の実質的不正行為に出ることも裁判上公知のとおり否定しえず、また昭和二七年の改正により戸別訪問の例外規定が削除された経緯からうかがわれるとおり、候補者及び選挙運動員において不安感から必要以上に戸別訪問を行なうという事態が予想される等、選挙運動に不当、無用な競争を招き、これが規制困難による不正行為の発生等により選挙の公正を害するに至るおそれがあるのみならず、その結果として、経済力や選挙運動者の動員力の差により、各候補者間の選挙運動の実質的平等を保持しがたい結果を招くおそれがあるといわなければならない。そして、かような弊害に加えて、戸別訪問は街頭演説、文書頒布等とは異なり、選挙運動の形式としては一般的、普遍的なものではなく、それの禁止は選挙運動を場所的、方法的な小範囲において制限するにすぎず、公職選挙法には、街頭演説、文書頒布のような一般大衆を直接に相手とする選挙運動のほかに、個々の選挙人に対する直接的な選挙運動の手段として、電話による投票依頼や街頭で行う個々面接が許容されていること等を併せ考えると、選挙の公正を期するため戸別訪問を禁止した結果として、言論表現の自由が幾分制限されることがあるとしても、公共の福祉による必要かつ合理的な最少限度の制限として許されるべきものであり、右禁止が憲法二一条に違反するものということはできない。

なお、弁護人は、いわゆる「明白かつ現在の危険」の理論の適用を主張し、前記規定は、その基準に適合しないから違憲であるというが、前叙のとおり、戸別訪問の禁止は表現の内容そのものを規制するものではなく、選挙の際の表現方法のうちの一に対し事前ではなく事後に制約するものであつて、右の理論は、このような場合にまで機能させるべき基準とは解しがたい。

弁護人の前記憲法違反の主張は採用しない。

二  戸別訪問禁止規定の限定解釈の主張について、

弁護人は、戸別訪問禁止規定は、買収等の実質的弊害を発生させ選挙の公正を具体的に害する態様の戸別訪問行為のみを禁じている趣旨に解釈すべきであり、かくのごとき実質的弊害を発生させない態様の戸別訪問行為は、処罰の対象外である旨主張するが、公職選挙法一三八条一項は、前叙のとおり、選挙運動としての戸別訪問には、種々の弊害を伴い、選挙の公正を害するおそれがあるため、選挙に関し、同条所定の目的をもつて戸別訪問をすることを全面的に禁止しているのであつて、戸別訪問のうち、選挙人に対する買収、利害誘導等、選挙の公正を害する実質的違反行為を伴い、またはこのような害悪の生ずる明白にして現在の危険があると認められるもののみを禁止しているのではないと解すべきであるから(最高裁判所昭和四二年一一月二一日第三小法廷判決、刑集二一巻九号一二四五頁参照)、これと異なる見解に立つ弁護人の右主張は採用しがたい。

なお、弁護人は、被告人の下元三容に対する訪問につき、被告人は、下元が被告人の勧めで購読するようになつた共産党機関紙赤旗日曜版を配達に行つた際に挨拶をしただけであつて、何ら投票を得る目的がなかつたと主張するが、戸別訪問罪の成立するためには、戸別訪問者において同条項掲記の目的を有していたことが必要であるが、この目的をもつて選挙人宅を戸別に訪問すれば足りるものであつて、訪問者において相手方に対し現実に特定候補者への投票依頼の言動に出ることまでは要求されず、また、この目的に出る限り他の要件を合わせ有し、または、他の要件に仮託して行なつてもこの罪の成立に欠くることはないと解すべきところ、これを本件についてみるに、前掲証拠によると、被告人が判示の日時に下元方に赤旗日曜版を配達し、その際「明日選挙ですからお願いします。」と述べて帰つただけで戸松喜蔵の名も、同人に対する投票依頼の言葉もかけていないことは明らかであるが、他方下元において、被告人が共産党の熱心な支持者であり(被告人の勧めで下元が前記赤旗日曜版を購読するようになつたこともこの事実を推測するに十分である)、戸松喜蔵が大阪府第五区から共産党公認で立候補していることを熟知していたことから認められ、従つて被告人が戸松喜蔵の名前を出さなくても赤旗日曜版を手渡す際、「明日、選挙ですから、よろしくお願いします。」と述べるだけで、それが戸松喜蔵に対する投票依頼の趣旨であることは容易に推知できるうえ、下元においてもそのように受取つていたこと、加えて被告人は前示のとおり原田末子ほか四名を戸々に訪問し戸松喜蔵への投票依頼をなしていたこと等からすると、被告人において、右下元方への訪問に際し、赤旗日曜版を配達する目的と同時に、戸松喜蔵への投票を依頼する目的を有していたことを認めるに難くないから、弁護人の右主張は採用できない。

三  教育者の地位利用について、

弁護人は、公職選挙法一三七条は、教育者が具体的に生徒等に対する成績評価権や懲戒権等教育者として有する具体的権限に基づく影響力を不当に利用して選挙人である父兄の義理、人情に働きかけたり、あるいはそのことを利用して無理強いに票のとりまとめをさせたりするといつた実質を備えた行為についてのみその適用がなさるべきであつて、かく解さないと「地位利用」の意味内容が不特定となり、憲法三一条に違反し、また、教育者のみが政治活動を制限される合理的根拠を見出しがたく憲法一四条にも違反すると主張する。

よつて検討するに、公職選挙法一三七条は、教育者の地位の特殊性、すなわち、教育者はその教育指導する生徒らとその父兄に対して大きな精神的感化力ないし影響力を有するため、教育者において右影響力を利用して選挙運動をすることは教育者の地位に関する理念に反するのみならず、相手方の投票等に関する意思決定に不当に影響を及ぼすおそれがあることから、これが選挙の公正を害することになるため、教育者がその教育指導する生徒らに対する地位を利用して選挙運動をすることを禁止すべきものとされたものであり、したがつて、右の立法趣旨から公職選挙法一三七条の「教育上の地位を利用して」とは、教育者のなす選挙運動が、純然たる個人の資格においてなされるのではなく、被教育者に対して有する地位と結びついていること、すなわち、被教育者との関係で、特に選挙運動を効果的に行ないうるような影響力又は便益を利用することを指し、教育者が教え子に対して一般的に有する精神的感化力ないし支配力に基づき、生徒らに選挙運動を命じて行なわせ、あるいは授業等の機会に直接教え子に投票依頼をなす場合は勿論、生徒らを介して間接的にその父兄に選挙運動をなし、もしくは教育者として生徒の父兄に接する機会、例えば父兄会や家庭訪問の機会などに直接父兄に選挙運動をなす場合がこれに当るものと解するのが相当であり、したがつて、父兄に対する選挙運動であつても、その教育者と父兄との単なる個人的関係に基づく場合はこれに該当しないものといわなければならない。以上のように公職選挙法一三七条は教育者の地位を利用しての選挙運動には種々の弊害を伴い、選挙の公正を害するおそれがあるため、選挙に関し地位を利用しての選挙運動を全面的に禁止しているのであつて、地位利用のうち、影響力を「不当」に利用すると認められるもののみを禁止しているのではないと解すべきであり、このように解しても「地位利用」の意味内容が不特定とはいいがたく、また教育者の選挙運動を制限する合理的根拠がないともいわれないから、公職選挙法一三七条が憲法三一条、一四条に違反するものとはいわれない。

なお、本件において、被告人が教育者の地位を利用したものかについて附述するに、前掲証拠によると、

(1)  被告人は、昭和四〇年四月に高石市立高南中学校に赴任し、翌四一年四月から昭和四四年にかけて泉北教職員組合の高南中学校分会責任者の地位にあり、またその間校外において高石市の公害に反対する市民運動に携つており、これら日頃の教育、組合活動あるいは公害反対運動を通じて日本共産党の掲げる教育政策などに賛同し、機会があるごとに父兄らに対し同党への支持を訴え、同党機関誌赤旗の購読を勧誘し自らも同誌の配達やその集金に従事していたものであつて、本件選挙において同党候補者への一層の支持を期し、選挙において同党を勝たせなくては子供のためにならないとの強い決意を抱いていたこと。

(2)  被告人が戸別に訪問した相手の原田末子、山田久子、小川芳子、浜本陽子(現姓白根)及び下元三容は、いずれも被告人が観務し学級担任をする高南中学校三年一組に在籍し、あるいは被告人が理科の担当をする同校三年生の生徒の母あるいは父であり、原田と下元については同人らの子女の学級担任をしており(原田の次女は中学二年生時からの担任)、いずれも学年初めの定例の家庭訪問に同人ら方を訪れたこと以外に個人的な行き来がなく、本件選挙前ころに被告人において日本共産党機関紙赤旗日曜版の購読を勧めたことからそれぞれその読者になつてもらつていた(本件後両名とも右購読をやめている)ということがあるもののそれ以上の特に親しくしていたという間柄ではなく、山田については同人の長男の学級担任をしており学年初めに定例の家庭訪問をしたことがあるだけのこと、小川については同人の長女の中学二年生のときの学級担任で、本件選挙当時は理科の担当をしていたもので、学級担任をしていたとき家庭訪問や父兄懇談会で顔を合わせて面識があつた程度で、浜本については同人の長男の理科を担当しているだけで同人とは本件の戸別訪問時が初対面であつたもので、いずれも学級担任あるいは教科担当の教師とその生徒らの保護者の関係にとどまつており、それ以上の政治的なあるいは個人的なつながりまでには至つていないこと。

(3)  被告人は前記のように右の生徒の父母宅を戸別に訪問して戸松候補への投票を依頼しているが、その態様をみると、原田、山田、小川及び浜本らは、いずれも子供が当時中学三年生で進学を控えていたことから被告人が訪問した際、子供の成績あるいは進学のことでわざわざ家庭訪問に来たものと思い込み、何らの疑問を抱くことなく被告人を屋内に招き入れて一対一で対話し、被告人の口から選挙の話がでて始めて選挙運動のために訪問したことに気づいたものであり、下元については、赤旗日曜版の配達の途中ではあるが被告人において右新聞をわざわざ手渡して「明日選挙ですからお願いします。」と申し述べており、右原田らにおいて、当時子供の進学を間近に控えこれに頭を痛めていた折から、学級担任あるいは教科担当をする被告人の申出を無下に断りあるいは聞き流すわけにはいかないとの心情を抱いたこと。

が認められるのであつて、以上の事実から考えてみると、被告人の右各相手方に対する本件投票依頼行為は、純然たる個人の資格においてなされたものとみることは到底できず、いずれも被教育者との関係で特に選挙運動を効果的に行ないうるような影響力を利用してなされたものといわなければならない。

弁護人の前記主張は採用しがたい。

四、法定外文書頒布について、

弁護人は、特定枚数の選挙葉書以外の選挙運動のために使用する文書図画の頒布を全面的に禁止する公職選挙法一四二条は、国民の参政権の保障や基本的人権としての言論表現の自由を侵害するものであつて憲法一五条、二一条に違反するものであり、仮にこれが合憲であるとしても、当該文書の内容が虚偽であるとか、文書に発行責任者の所在が明確でない選挙用文書のみを禁止するものと限定解釈しなければならない旨主張する。

そこで検討するに、選挙用通常葉書以外の選挙用文書図画の頒布を禁止することが一に検討したとおり公共の福祉のための必要最小限度の制約といえるかどうかについてみると、選挙用の文書図画の頒布は、これが極めて効果的な選挙運動の手段となるため、これを無制限にみとめるときは、選挙運動に激烈な競争を招くとともに、これに要する費用と労力は甚大なものになり、経済力に富みあるいは強大な組織力を有する候補者が、そうでない候補者に比べて選挙運動において著しく優位を占める結果となり、選挙の公正を期待しがたくなることに鑑みれば、公職選挙法一四二条の制限規定は正に右選挙の公正を維持するための要請に答えるものというべきである。加うるに、同法条の規制は文書図画による選挙運動を一切禁止しているわけではなく、選挙の種類に応じて相当多数の選挙用葉書などの法定文書の頒布は認めていることからすると、右の規制は国民の参政権及び選挙における表現の自由に対する必要かつ合理的な最少限度の制限として、憲法一五条、二一条に違反するものということはできない。

また弁護人は、公職選挙法一四二条を合憲的に解釈するためには、文書の内容が虚偽であるとか、文書の発行責任者の住所氏名を明確にしない選挙用文書のみを禁止の要件とすべき旨。限定的解釈を主張するが、右文書規制の立法趣旨及び同条項の文言からみてそのように解すべき根拠に乏しく、採用することはできない。

ところで弁護人は、本件文書は、公職選挙法一四二条一項にいう文書に該当しないと主張するが、同条により頒布を禁止する文書図画とは、その文書の外形、内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうが、選挙運動のために使用されることが、その文書の本来の、ないしは主たる目的であることを要するものではないと解するを相当とするところ(最高裁判所昭和四四年三月一八日第三小法廷判決刑集二三巻三号一七九頁参照)、これを本件文書(昭和五一年押第一七号の一)についてみると、本件文書は、縦約一二センチメートル、横約三五センチメートルの横長の用紙の表面に、「戸松喜蔵後援会ご案内」と太活字で表書し、その横に同人の上半身の写真を配し、その左に「日本共産党(大阪)衆議院予定候補者一覧表」として大阪府第一区から第六区までの同党の予定候補者名を連記し、その第五区欄を黒字で戸松喜蔵の名を刻し、裏書は、大きな文字で後援会入会のよびかけと題し、戸松喜蔵の略歴、同人の政治家としての活動によせる期待が大であることを述べ、多数の賛同を呼びかける文章を配し、次いで後援会の会則を揚げその右端に「貴会の趣旨に賛同し入会します。」と記し住所氏名欄を空白にしてこれをキリトリ線で切取るようにしてあるものであつて、その外形及び内容からみて、これが来るべき衆議院議員選挙において、戸松喜蔵の当選を得る目的の下に作成され、同人への投票を勧誘するための文書であることが明らかであり、公職選挙法一四二条一項の法定外文書に該当するといわなければならない。弁護人は前記の限定解釈論を前提にして本件文書の同条項該当性を否定するが、前示のとおりかような解釈は採用しがたいから、右弁護人の主張は採用の限りでない。

五、公訴権濫用の主張について、

弁護人は、本件公訴は被告人の行為が日本共産党の候補者のためになされた戸別訪問、文書頒布であるがゆえになされたもので、起訴便宜主義を著しく歪めて不公正に行使されたものであつて、公訴権の濫用であつて公訴は無効であり、公訴棄却されるべきであると主張する。

そこで検討するに、検察官が刑事司法の実現という公訴権の本来の目的に反し、軽微な刑事犯罪の嫌疑に藉口して、被告人を政治的に弾圧する目的など不当な意図をもつて公訴提起をなしたことが明らかな場合には、公訴権の濫用として当該公訴提起の無効を来すと解すべきところ、これを本件についてみると、本件公訴にかかる事実は、判示のとおり被告人が日本共産党の候補者の当選を得るためにした六名の相手方に対する戸別訪問とうち五名に対する教育者の地位利用及びうち三名に対する法定外文書頒布であるが、この事案内容からみて、これが直ちに軽微な事犯であるということはできず、のみならず、被告人は本件で検挙されて以来、一貫して自己の行為の正当性を主張し続けてきたこと、検察官において日本共産党を支援する被告人を政治的に弾圧しようとの不当な差別的意図、目的の存在を認めるに足りる証拠がないことなどの点からみて、本件公訴が公訴権の濫用であるとは到底認められず、弁護人の右主張は採用しない。

六、公民権停止について、

弁護人は、戸別訪問、法定外文書図画の頒布など言論表現にかかわる形式犯について公民権停止をつける公職選挙法二五二条が憲法に違反するかのように主張しているが、これが憲法のいかなる条項に違反するというのか論旨甚だ明確を欠くきらいがあるが、それを措くとしても、右公民権停止制度は、一定の選挙犯罪を犯し選挙の公正を害したものについては一定の期間選挙に関与させないとすることが、選挙の公明化の見地から望ましいとの趣旨にもとづくものであつて、前叙のとおり選挙の公正を維持するために国民の基本的人権を制限することは憲法の許容するところであり、戸別訪問、法定外文書頒布行為が選挙の公正を維持する趣旨の下に禁止されていること、戸別訪問、法定外文書頒布などの違反行為を犯した者については公職選挙法二五二条四項において、情状によつては公民権停止規定を適用せず、あるいは停止期間を短縮しうることをみとめており、これらの諸点からして前記規定は、国民の参政権に対する選挙の公正を維持するための必要最少限度の合理的な制限とみとめられ、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、別表番号1ないし6の戸別訪問の点は包括して公職選挙法二三九条三号、一三八条一項に、同表番号1ないし3、5、6の教育者の地位利用の点はいずれも同法二三九条一号、一三七条に、同表番号1、3、4の法定外文書頒布の点は包括して同法二四三条三号、一四二条に各該当するが、右教育者の地位利用と包括一罪の一部である同表番号1ないし3、5、6の戸別訪問及び右法定外文書頒布と包括一罪の一部である同表番号1、3、4の戸別訪問とは、いずれも一個の行為にして二個の罪名に触れる(ただし同表番号1と3については一個の行為で三個の罪名に触れる)場合であるから、結局以上の各罪につき刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い文書頒布の罪の刑に従い、その所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人を罰金七〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人が労役場に留置し、公職選挙法二五二条四項により同条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例